2025年5月、世界中の投資家たちにとって衝撃的なニュースが飛び込んできた。長年「投資の神様」として君臨してきたウォーレン・バフェット氏が、自身が創り上げてきた投資会社バークシャー・ハサウェイの最高経営責任者(CEO)を年末に退任することを表明したのである。
バフェット氏は現在94歳。1965年に経営難に陥っていた繊維会社バークシャーを買収して以降、独自の長期投資哲学を武器に同社を時価総額1兆1000億ドルを超える世界的企業へと育て上げた。長年にわたり世界の金融市場に多大な影響を与えてきた人物が、ついに第一線から退く決断を下した。

■ 後継者はグレッグ・アベル氏
年次株主総会の壇上でバフェット氏が語ったのは、これまで自身の子どもたちにしか明かしてこなかったという重大な決断だった。「グレッグは年末にCEOになるべきだ。それを取締役たちにきちんと伝えたい」――。
後継者に指名されたのは、副会長で非保険事業を統括してきたグレッグ・アベル氏(62)。カナダ出身の実力者で、バークシャー傘下のエネルギー会社を中心に業績を安定成長させてきた人物だ。2021年に事実上の後継者としての地位に就いていたが、今回のCEO交代で正式にその地位を受け継ぐ。
なお、バフェット氏はバークシャー株を1株も売却する意思はなく、会長職としては今後も社に関与を続けると表明している。また、自身が亡くなった後は、長男のハワード・バフェット氏が非経営的な立場で会長職を継承する意向も明らかになっている。
■ 60年の歴史を築いた伝説の投資家
バフェット氏の投資家としての歴史は驚くほど早熟だった。11歳で初めて株式を購入し、6歳でコーラの瓶売りをしていたという逸話が残る。大学卒業後、コロンビア大学でベンジャミン・グレアム教授から学び、彼の「価値投資」理論を継承。1956年にはわずか100ドルの自己資金で自身の投資会社を設立する。
その後買収したバークシャー・ハサウェイを母体に、シーズ・キャンディーズやコカ・コーラ、ジレット、ウェルズ・ファーゴ、アップルといった企業に投資を行い、驚異的なリターンを叩き出してきた。市場の一時的なノイズに惑わされず、企業の本質的価値を見極めて長期保有する「バフェット流」は、多くの投資家にとってバイブルとなった。
■ 投資哲学の継承と変化
今回の交代劇の中で、多くの投資家が気にしているのは、「バフェット流」の投資哲学が今後も維持されるのかという点である。アベル氏は株主総会で「バフェット氏が実践してきた哲学は今後も変わらない」と明言し、バークシャーの投資スタンスに大きな変化はないとの認識を示した。
しかし、時代は確実に変わりつつある。気候変動、生成AI、地政学リスクなど、かつてのバフェット氏が直面しなかった課題に、今後のバークシャーはどう対応していくのか。その手腕が問われることになる。
■ 「貿易は武器ではない」トランプ関税への苦言
今回の総会では、もう一つ大きな注目を集めた発言があった。バフェット氏はトランプ政権による自動車への25%追加関税政策に対して「貿易は武器であってはならない」と明確に批判を展開。
「繁栄を他国と分かち合うことがアメリカの利益にもなる」と語るその姿勢は、彼の一貫した“常識重視”の価値観と道徳観に根ざしたものであり、多くの聴衆の共感を呼んだ。
保守的な長期投資家でありながらも、グローバル経済と公正な競争を重視する姿勢を最後まで貫いたことは、バフェット氏の投資家としての矜持を象徴するものだった。
■ 日本市場へのメッセージ
近年、バフェット氏は日本の5大商社(伊藤忠、三菱商事、三井物産、住友商事、丸紅)に対して積極的に投資を行ってきた。今回の総会でも「50年間、これらの株を売るつもりはない」と語っており、日本市場に対する長期的な信頼を表明している。
このように、日本市場を「割安で堅実な投資先」と評価している姿勢は、国内投資家にとっても心強いメッセージとなった。
■ バフェット氏退任の意味と未来への期待
バフェット氏の退任は、ひとつの時代の終焉を告げると同時に、新たな時代の幕開けでもある。
投資の本質は「時間」と「複利」、そして「人間の心理」にある。バフェット氏が残した数々の言葉と実績は、これからも多くの投資家に受け継がれていくだろう。
今後のバークシャー・ハサウェイが、どのように進化していくのか。グレッグ・アベル氏率いる新体制が、どのように“神様”の哲学を次世代に適応させていくのか。
その未来に、投資家たちは静かに注目している。
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